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ついった
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その後一度だけ、奴は歌ってくれた。
一度だけなんだ。
奴は高校を中退した。
歌ってくれた三日後だった。
何も言わずに消えた。
消える前日に俺の頭をなでたのは別れの意味だったのだろう。
彼女には謝って、一年ぐらい付き合ったが別れた。
やっぱり考えが合わなかった。
別れるとき彼女は泣いた。
俺は彼女の頭をなでた。
それからあまり顔を合わせない。
俺はあいつのいった言葉を頼りに頑張った。
義務なんじゃないかと思った。
俺は大物にならないといけない。
ならないといけない。
約束だと思った。
俺は何になればいいのかわからないまま、とにかくまず勉強した。
何でも勉強した。いい大学に入った。
入ったら焦りを感じた。
こんなにのんびりと4年も待てないと思った。
いろんな物が見えてきて、先が決まっていった。
バイトした。
親と沢山話した。
勉強した。
小さな会社を作った。
軌道になんとかのっている。
忙しかった。
駆け抜けるようだった。
若さから言えば、これはまずまずだ。
あいつのうわさは時々耳に入った。
今や有名インディーズバンド。
メジャーデビューも目前だと聞く。
タクシーのラジオで聞いたインタビューは営業用だった。
雑誌の表紙の写真はカッコウつけているわけではなく、そのままの仏頂面だと知っている。
歌はあの時のままだ。
あいつは夢を実行している。
俺ももっと頑張らねば。
そうやって走ってきた。
ふと立ち止まったんだ。
その日は空気のにおいが違った。
春なんだ。
青臭いような忘れていた匂いだ。
携帯で会社に電話をかけた。
「調子が悪い、休む」
そう言ったら、
「たまには休みを取らないと駄目ですよ。丁度いいじゃないですか。
しっかり体を休めてください。」
そういわれた。
そういえば大学の帰りでもかかさず顔を出していた。
社員は全員頼りがいのある年上ばかりだ。何も心配はない。
悪くない。
俺はうまくやっている。そう思った。
CD屋に入る。
アイツのバンドを探す。
アルバムが三枚あった。
全部買った。
家に帰って深呼吸をした。
ひさしぶりだ。
昔のことを思い出した。
アイツのあの言葉以外を思い出した。
話したい。
引出しを漁る。一枚のハガキ。
「お元気ですか。俺はバンド仲間とここに住む事になりました。
 連絡は下記まで」
丁寧語なのに最高に言葉が足りない。
(続く)

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